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2012年 01月 28日

山路[終点]・(北九州市八幡東区)

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▲冬の山路終点にて

 中畑線の、二つの終点のうちの一つである山路は、八幡の東の果てに位置する閑静な住宅地です。 ここから先は、三方に山が迫っており、市街地の限界線といったところと言えそうです。
 今ではすっかり八幡に取り込まれている山路ですが、元々は小倉市に含まれていて、更にさかのぼると豊前国の領地でした。 そのため、藩政時代には河内貯水池の奥にある田代の集落の住民が板櫃村(現在の到津)へ下りて来る時は、筑前国側の大蔵は通行できないために、合馬から山道を歩いてこの山路へと大きく遠回りを強いられていたのだそうです。
 昔の山路は、三路と書いていたそうで、到津方面、長行方面、そして今では立ち入りが規制されてある山田方面へと三方向への道が分岐していたようです。 もし、西鉄バスの路線が、ここから三方向へ分岐していたら、さぞかし面白かった事でしょう。



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◎読み・・・さんじ
■運行・・・西鉄バス北九州株式会社 浅野自動車営業所
□路線・・・中畑線(山路支線)[54]
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by hansman | 2012-01-28 06:00 | (福岡県)・八幡/戸畑/若松 | Comments(2)
Commented by ワイドサイズ at 2012-01-28 10:55 x
おごめ~ん!

田代から大蔵へ通行出来なかったとは、知りませんでした! 身近な風土記も調べると面白いですね。
Commented by ハンズマン at 2012-01-28 23:48 x
≫ワイドサイズさん

こんにちわ~!

結構北九州市内の歴史を探訪するのが楽しくて、最近少し勉強中です。

田代~大蔵間はおそらく道自体はあったんでしょうけど、国境を超えての交流はだいぶ規制さてていたんだろうと思いますね♪


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